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2014年7月18日 (金)

昭和廿弐年の福田楽譜

福田楽譜創設期、その事務所は「天王寺区上本町九丁目」に置かれていました。
1926年から約10年間、上本町九丁目に大阪中央放送局(BK:ラジオ放送局)があったそうです。前にもお話ししたように、初代社長(わたしの父)はもともと大阪中央放送局で嘱託として仕事をしていて、放送局の一角を事務所にしていたそうです。

1936年に、BKは馬場町に新局舎を建てて引っ越しました。
引っ越し後、BKの建物(とその店子)はどうなったのでしょうか。
大阪市天王寺図書館のHPには、次のように書かれていました。
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・・・『天王寺区詳細図 昭和22年』には、まだ上本町九丁目に「中央放送局上本町分室」なるものが載っています。桂米朝さんによると、上本町9丁目の建物は戦後貸しスタジオになっていて、1952年ごろここで、レコード用の録音をされたとのこと・・・
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なるほど、昭和22年(1947年)の「天王寺区詳細図」を借り出してみると、「大阪中央放送局」の文字が上本町にあります。
Oldmap01_3
   (地図が禁帯出だったので、白黒コピーしか載せられませんでした)

その当時の上本町九丁目、大阪中央放送局の写真も見つけました。
Oldbk
      (『近代大阪年表-NHK大阪放送局編』より)

二代目社長(わたしの母)の話しによれば、1960年、BKは建物に入っている会社ごと(店子ごと)、近鉄タクシーに土地を売却したそうです。
そして、「福田楽譜」は近鉄タクシー本社の裏手に建っていた木造二階建てに間借りすることになりました。1階と2階に一室ずつの小さな建物で、1階には「放送出版」、2階には「福田楽譜」が事務所を構えていました。

2000年、近鉄タクシーの新社屋建て替えにより、その古い二階建てを取り壊すこととなり、福田楽譜は思い出のある建物から立ち退くことになりました。

現在の事務所は、最初の事務所から徒歩5分くらいのところにあります。
今はもうその場所には事務所の面影は全くありませんが、時々その前を通ると、事務所やそこでの仕事の様子を思い出します。

 

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