福田楽譜あれこれ

2015年10月29日 (木)

引っ越しました

長い間、ブログをお休みしてしまいました。

ホームページでお知らせしていますが、事務所を移転しました。
ここ2ヶ月ほど、引っ越しの準備などで、ブログを書く余裕がありませんでした。
ずっと読んでいただいていた皆様、申し訳ありませんでした。

福田楽譜は、1994年(平成6年)から約15年ほど営業していた場所に戻り、10月19日から営業しています。
JR鶴橋駅から西へ約3分ほどのところにあり、前の事務所より交通の便はよくなりました。
今度の事務所の近くには、真田幸村が大坂冬の陣の際に掘ったと伝わる抜け穴のある三光神社や旧真田山陸軍墓地があります。天王寺区はどこを歩いても、歴史を感じさせるところが多いです。

これからまた、ブログを再開しようと思っています。
よろしくお願いいたします。

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2015年4月23日 (木)

ガリ版刷りの楽譜

3月末、当社事務所にお客さまが来られました。

昨年12月のブログ『楽譜が見つかりました』でご紹介した、福田楽譜の初代社長が作ったガリ版刷りの楽譜をたくさんお持ちの方です。「お父さんの楽譜、しばらく見ていただいてもいいですよ」と古い楽譜を貸してくださったのがこの楽譜です。今回、その楽譜に関するお話しをしに、来てくださいました。
ページをめくると、パラパラとくずれてしまいそうなくらい、紙がもろくなっています。昭和20年代前半、まだ戦争が終わって数年しか経っておらず、紙質が悪かったと教えていただきました。

貸していただいた楽譜は10曲以上あり、その中には、團伊玖磨や芥川也寸志の名前も見えます。

Radio001  Radio002  Radio007  Radio008  Radio018

もともと初代社長はレタリングが上手く、NHK大阪放送局(BK)の台本を書く仕事を得て、福田プリント社(福田楽譜になる前の社名)を始めたとのことです。なるほど、ちょっとしゃれたレタリングの表紙やタイトルを書いていますよね。

お土産に、お庭に咲いた水仙をいただき、春の香りが、事務所いっぱいに広がりました。

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2015年3月24日 (火)

本の作り方

久しぶりのブログとなりました。
数日前、当社受注の新学期教科書をすべて出稿しました。
あとは、印刷ができあがってくるのを待つばかりです。
当然楽しみなんですが、心配も・・・。
著者の方も私たちも何度も何度も校正しているんですが、それでも「どこかにミスがなかっただろうか」と、本ができあがってくるのを待つ間は、気になって仕方がありません。

さて、ちょうど出稿完了したばかりですし、教科書や楽譜をどのように本の形にしてゆくのか、お話ししてみようと思います。

当社で一冊の本を作るのには、6つの工程(サイズ決定、楽譜関連の諸元決定、楽譜版下作り、楽譜以外の版下作り、頁を組み合わせて本の形にする、最終較正&印刷&製本)があります。

まず、本の大きさを決めることから始まります。
A4(縦29.7cm・横21cm)、それより少し大きい洋書楽譜の大きさ、持ち歩くことを考えてポケットサイズにすることもあります。
最近は、1ページをA4の大きさにすることが多くなってきています。これは、他のいろいろな本がこの大きさになってきていて、このサイズの紙が安くなっているのと、何冊かを持ち歩くときに大きさがそろう方が持ちやすいからだろうと思います。

さて、紙の大きさが決まると、楽譜の大きさ(紙の大きさに対する楽譜の大きさです)や楽譜に関わることを決めます。五線の太さや長さ、タイトルの大きさ、歌詞の大きさなど、楽譜に付随することすべてを、サンプルを作りながらお客さまと相談して決めていきます。タイトルの位置や大きさ、歌詞の大きさは、実際に楽譜と一緒に並べてみないと、バランスがよくわからないので、サンプルを作って打ち合わせを行うことは、とても大切です。

サンプルが完成すると、いよいよ必要な楽譜を作り始めます。
何曲か楽譜ができるとお客さまに送り、校正していただきます。校正・訂正を何度か繰り返し、間違いのない楽譜に仕上げてゆきます。

また、楽譜の本であっても、文字だけのページもあります。楽譜を作るのが一番時間がかかるので、まず楽譜を先に作り始めますが、歌詞のページや目次、解説なども、楽譜の校正・訂正を繰り返している間に作ってゆきます。
表紙のデザインも、この段階でいただきます。お客さまから表紙のデータをいただくことが多いのですが、文字や飾り罫だけを使って簡単な表紙を作る場合は、当社でデザインさせていただくこともあります。

すべてのページが出来上がると、楽譜と文字のページを組み合わせ、順番を決めます。特に歌の楽譜の場合は、歌詞をどの位置に配置するかが大切になります。一つずつの曲の後に縦書きの歌詞を掲載するのか、全部の曲を掲載した後にするのか、挿絵を入れるのかなどを決めていくと、どんな本になるのか、具体的に把握できるようになります。
順番が決まると、ページ番号をつけます。昔は楽譜の下中央に「-25-」というようにページ番号をつけていたのですが、最近は紙の上の方(偶数ページは左上、奇数ページは右上)につけることが多くなってきています。

最後に、出力したものを本のように綴じて、最終校正へとすすみます。
お客さまの校了をいただくと、印刷屋さんへ出稿です!
印刷製本にほぼ2週間。心配しながら楽しみに2週間待てば、本ができあがってきます。

いかがでしょうか。本作りの雰囲気が少し感じられたでしょうか。
自費出版をお考えの方がおられましたら、ご参考になさってくださいね。

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2015年1月23日 (金)

サトウハチロー童謡集

昨年12月、サトウハチローの自筆原稿を見つけたよ、というお話をしましたが、今回も、またしてもサトウハチローのお話しです。お付き合いください。

「年末に自宅の大掃除をしていたら、こんなものが見つかってん...」と、福田楽譜のもう一人のスタッフ(妹)がレコードのジャケットを持って、仕事始めに現れました。
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二人が小さいときによく聴いた「サトウハチロー童謡集」のジャケットでした。中身のレコードはなくなっていて、ちょっと残念だなと思いました。
表紙は童画画家として有名だった初山滋さんの作品です。まあ、これは妥当な人選でしょうが、面白いのはこのレコードの「推せん者」です...。
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「推せんのことば」は、「読売巨人軍長嶋茂雄」さんが書いておられます。発売年=1962年からすると、長嶋茂雄さんが26歳のときの推薦のお言葉のようです。童謡集の推薦のことばを野球選手が書くなんて、ちょっと可笑しいなとも感じますが、それくらい彼は有名で人気者だったということなんでしょうね。

納められている曲は、14曲。レコード冒頭の曲「べこの子うしの子」が私は好きで、小さい頃よく歌っていました。でも今は、子どもの歌として、あまり歌われないようですね。
こんな歌です。みなさんご存じでしょうか。


6曲目の「夕方のおかあさん」も好きでした。


このレコードの中で今も歌い継がれている曲は、「かわいいかくれんぼ」「ちいさい秋みつけた」くらいでしょうか。
今ではあまり歌われなくなった子どもの歌って、自分が小さかった頃を思い出してみると案外たくさんあるんですね。そんな懐メロも今後取りあげてみたいな、とも考えています。その節には、よろしくご辛抱くださいね。

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2015年1月16日 (金)

受験のシーズン

そろそろ受験の季節がやってきました。

今はもう、パソコンで楽譜も文章も編集できるようになったので、入試問題はすべて学校内で作るようになったようですが、私はこの時期になると、「パソコン無き時代」に試験問題の版下を作った思い出がよみがえります。

ある大学では、試験問題を作るのに、福田楽譜が「出張浄書」をしていました。大学としては、学外に試験問題を持ち出すことを避けたいと思っていたようです。どんなことが起こって試験問題が漏れるかもしれませんから、そういうリスクを避けたかったんでしょうね。

試験を作成する日が来ると、私たちは大学まで重いミュージックライターやこまごまとした浄書の道具一式を運び、教室の一部屋で楽譜を作りました。即席の事務所を学校内に作るってわけです。もちろん、私たちは問題すべてを見ることができるわけではなく、あくまで楽譜部分の原稿だけを渡されます。(そうして私たちが作った楽譜のパーツは、あとで文章が書かれてある版下に、誰かが貼り込んだんだと思います。)
丸1日教室に缶詰になり(外へ出て行くことは、トイレ以外はダメ)、試験作成担当の先生たちが一同に揃う中で作成です。その日1日で仕上げないといけないので、予め五線を引いた用紙をたくさん持って行きました。(その頃は、烏口で五線を引いていたので、五線を引くだけでも時間がかかったんです)
時には、その場で急に、先生たちが問題を変更することもありました・・・。

などと、たいへん緊張を伴うもののように書いてしまいましたが、昼食には仕出し弁当も取っていただき、和やかなムードでお仕事をしていました。もちろん、こんな仕事をさせていただいたのも、大学と長いお付き合いをする中で信頼関係があってのこと、と自負しています。

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2014年12月25日 (木)

年末年始のお休み

ホームページにもお知らせしましたが、12月27日(土)から1月5日(月)まで、福田楽譜はお休みをいただきます。

移調ピースなどのwebshopsにつきましては、25日(木)午前中までに御注文いただいた楽譜は、年内に発送いたします。
また、お休みの間にいただきましたご注文やお問い合わせにつきましては、年始6日以降にご連絡させていただきます。

どうぞよろしくお願いいたします。

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2014年12月19日 (金)

楽譜が見つかりました

前回ブログを書いてから、どこかでくだんの楽譜を見ることができないか探してみました。
「ラジオ歌謡」と「それでもちょっぴりさみしい春だ」という言葉で検索したところ、「日本ラジオ歌謡研究会」というホームページを見つけました。連絡先は秋田県。全く知らない方だし、突然電話をかけても迷惑でないかな・・・と悩みながらも、楽譜を探す糸口のように思えたので、思い切って電話をかけてみました。
電話口に出られたのは、「ラジオ歌謡研究会」の会長をされている方でした。私が、ラジオ歌謡の詩の原稿を持っていることやその楽譜を探していることを説明し、「楽譜をお持ちなら、見せていただけないでしょうか」とたずねたところ、快く承諾していただけました!
FAXで送ってくださったのは、江間章子さんの「童話の本から」の楽譜でした。
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歌ったのは、ダークダックスだったそうです。
また、「ラジオ歌謡研究会」のメンバーで堺市にお住まいの方もご紹介いただけました。
先日、その方が福田楽譜を訪れてくださり、「それでもちょっぴりさみしい春だ」の楽譜を見せてもらいました。コピーされた楽譜だったため、楽譜の右側が少し欠けていますが、どんな曲であるかは分かります。
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その方は、他にも十数点の「ラジオ歌謡」で使われたという楽譜をお持ちくださったのですが、よく見ると、何とそれは、福田楽譜の初代社長(私の父)が昭和20年代に作ったガリ版刷りの楽譜でした。

そのお話しは、またいつか。

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2014年12月11日 (木)

それでもちょっぴりさみしい春だ (サトウハチロー)

以前、当社が持っている昔の原稿をご紹介しましたが、覚えておられるでしょうか。
江間章子さんの「童話の本から」という、ラジオ歌謡のための詩の原稿のお話しでした(7/9のブログです)。
今回も、昔の原稿のご紹介をしようと思います。

サトウハチローさんの「それでもちょっぴりさみしい春だ」という詩で、自筆原稿だと思います(サトウハチローさんの字は特徴的なので、原稿の字を見て、きっと自筆だとわたしは思っています)。これも江間章子さんの原稿と同じく、ラジオ歌謡のための原稿だったようです。
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表紙の右下に「33.4.14~」と書かれています。
インターネットで調べてみると、この曲は昭和33年4月放送の「ラジオ歌謡」で楠トシエさんが歌った曲だったようです。
サトウハチローさんの有名な曲「ちいさい秋みつけた」とちょうど季節が裏返ったような題名の曲ですね。
「それでもちょっぴりさみしい春だ」って、いったいどんなメロディーがついていたんでしょうか。聴いてみたい気がします。

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2014年9月 5日 (金)

軽めのぞうさん

みなさま、童謡はお好きですか?
歌の好きな人なら、小さい頃、童謡もたくさん歌った(or歌ってもらった)のではないでしょうか。

以前ブログで、福田楽譜のお仕事の内容をお話ししたことがありました。そのときには、楽譜の版下を作成していることと移調ピースをご提供していることを書きました。
でもその他にも、いろいろなお仕事をさせていただいています。2年前、童謡に伴奏をつけるお仕事をいただき、それからずっと今まで続いています。誰にでも弾ける『超簡単』な伴奏を付ける仕事です。出来上がったときには『超簡単』でも、どんな伴奏にしようか考えている過程では、「こんなコードをつけてみたら、どんな感じになるのかな」とあれこれ試しながら、楽しくお仕事をさせていただいています。

さて先日、Youtubeで、こんな「ぞうさん」にめぐり逢いました。
♪ぞうさん、ぞうさん、おはながながいのね♪
誰でも知っている、まどみちお作詞、團伊玖磨作曲の「ぞうさん」です。
私たちがよく知っている「ぞうさん」とちょっと違う「ぞうさん」。こんな「ぞうさん」もあるんだなと興味深く感じました
とても軽やかな「ぞうさん」ですネ。

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2014年8月 6日 (水)

現存確認最古の福田楽譜制作楽譜

先日、福田楽譜が発行した古い楽譜をいただきました。
その楽譜は、現在福田楽譜に残されているどの楽譜よりも古く、当社がかつて作った楽譜の中でも最古の楽譜でした。
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ここにはまだ、「福田楽譜」という名前は見られず、「印刷兼発行者」として、初代社長(私の父)の名前が書かれてあります。
そして、もう一箇所気になった部分。「軍政部検閲番号」という文字が読み取れます。昭和22年にはもう戦争が終わっているのに、軍の検閲が必要だったのかと不思議に思いました。少し調べてみると、「軍政部検閲」は日本軍の検閲ではなく、「GHQ」による検閲だったようです。たかが楽譜に対してさえ、表現の自由がなかった時代があったんですね。

楽譜をくださったのは、林慶冶郎先生でした。関西学院グリークラブや男声合唱団の指揮者、編曲者として活躍された林雄一郎氏の弟様です。慶冶郎先生ご自身ももう89歳ですが、今でも合唱団の指揮者としてご活躍されています。

友人の紹介でお会いすることができ、お昼をいただきながら3時間ほどお話しを伺いました。昭和17、8年頃から戦後の大阪や関西の音楽業界にまつわるお話しなど、興味深いお話しをたくさんしていただきました。録音を取らせていただいたので、いつかそのお話しを当ブログで紹介できたらと思っています。

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